研究内容

 

 有機合成化学は、石油、石炭、その他の炭素資源から新たな炭素化合物(有機化合物)を作り出すことを目的とした学問であり、人類の物質的幸福に大いに貢献してきました。合成繊維、合成樹脂、医農薬品、食品添加物など、人工有機化合物は我々の身の回りに数多く存在し、我々の生活に幅広く役立っています。有機合成に必要不可欠なものが、分子変換を担う「反応」であり、当研究室では、有機合成に役立つ新しい反応の開発を目標として研究を行っています。従来の有機合成では、欲しいものを如何にたくさん作るかが中心的な課題でした。これに加えて現在では、如何に無駄なく、環境に優しく作るかも重要な課題となっています。当研究室でも、新しい反応や反応剤の開発により、この課題に取り組んでいます。特に、有機ケイ素化合物や有機アルミニウム化合物を利用した炭素ー炭素結合形成反応、有機スズ化合物やインジウム塩を利用したラジカル反応、インジウム塩や白金塩の触媒能を利用した連続的結合形成反応などの研究を行っています。また、反応開発以外にも有機分子の電子的特性を生かした新しい機能性色素材料の開発にも携わっています。


1.有機ケイ素およびアルミニウム反応剤を利用した有機合成法の開発(三浦・木下)

 ケイ素は地球上に豊富に存在し、炭素、水素、酸素やハロゲンなどのヘテロ元素と比較的安定な結合を形成します。ケイ素は通常4本の結合手を持ちますが、このうち有機基(炭素基)との結合が最低1本でもあれば、その化合物は有機ケイ素化合物と呼ばれます。 有機ケイ素化合物は自然界には存在しませんが、化学の発展により様々な化合物が合成されています。安定で低毒性のものが多く、特にシリコーンと呼ばれる有機ケイ素高分子は、機能性材料として我々の生活に大いに役立っています。有機合成においても極めて重要な化合物で、基質を官能基化する反応剤として、また、保護基や配向基となる有機ケイ素(シリル)基を導入する試薬として頻繁に利用されています。有機ケイ素反応剤の特長として、安定で保存が容易、入手しやすい、低毒性などを挙げることができますが、最も重要なのは反応を精密に制御できる点です。すなわち、ケイ素との結合が穏和な反応性を持つこと、および、シリル基が特異な置換基効果を発揮することに基づいて、反応促進剤や反応条件を工夫することで高効率・高選択的な反応を行うことができます。しかし、有機ケイ素反応剤の反応性の低さが問題になることもよくあります。当研究室では、活性化されやすい有機ケイ素反応剤を開発することにより、この問題に取組んでいます。また、シリル基の置換基効果を利用することで有機アルミニウム反応剤の反応を制御し、多置換ベンゼンやナフタレンの高位置選択的合成を目指しています。


2.有機スズ反応剤やインジウム塩を利用したラジカル反応の開発(三浦・木下)

 炭素ラジカル種は不安定で、ラジカルカップリング、不均化、重合、異性化などを起こしやすく、高効率や高選択性を目指す精密有機合成には、不適な反応であると考えられていました。しかし、穏和な条件下、効率的に炭素ラジカル種を発生させる方法が確立され、近年では、精密有機合成にも有効な活性種であることが、多くの研究により証明されています。しかし、精密有機合成を目指したラジカル反応では、有害で、分離や分解が容易でない有機スズ化合物を利用することが多く、その点が問題となっています。当研究室では、その問題を解決するために、分離や分解が容易なスズ反応剤の開発と、インジウム塩を触媒的に利用するラジカル反応の開発を行っています。

 

3.インジウム塩や白金塩の触媒能を利用した有機合成(三浦・木下)

 インジウム (In) は半導体や液晶ディスプレーなどの無機材料として重要ですが、近年の研究により、触媒や反応剤として有機合成にも有用であることが明らかになっています。特に、三価のインジウム塩 (InX3) はカルボニル基を活性化するLewis酸として、あるいは、アルキンを活性化するπ-Lewis酸として働くことが知られています。当研究室では、インジウム塩のこのような反応性を利用することで、アルキン類の触媒的官能基化を目指しています。また、白金塩の触媒能と有機ケイ素反応剤を用いることで、これまでに全く知られていない形式の反応を見出し、反応機構の解明と適用範囲の拡大について検討しています。


4.機能性色素材料の開発(太刀川)

 γ線は医療器具の滅菌やジャガイモの発芽防止などに広く利用されています。一方、人体には極めて有害であり、γ線の管理は非常に厳密に行う必要があります。我々は、五感では感知できないγ線を目視で検出するため、γ線により発色する機能性色素の開発を行っています。従来、数kGyだった目視によるγ線の検出限界を、現在、1.0 x 10-4 M の薄い溶液で1 Gy 以下にすることに成功しています。また、取り扱いが容易な検出材料を目指して、非晶質としての性能やゲル化剤としての性能を持たせることで、色素を固体にする研究も進めています。



[関連サイト]

1.埼玉大学研究機構:研究者たちの素顔19・三浦勝清

2.夢ナビ:あなたの暮らしを豊かにする有機合成化学・三浦勝清

3.埼玉大学大学院理工学研究科:サイ・テクこらむ35・木下英典

4.埼玉大学大学院理工学研究科:サイ・テクこらむ174・太刀川達也

5.埼玉大学大学院理工学研究科:サイ・テクこらむ198・三浦勝清

6.埼玉大学大学院理工学研究科:サイ・テクこらむ264・木下英典

7.埼玉大学大学院理工学研究科:サイ・テクこらむ352・太刀川達也

8.埼玉大学大学院理工学研究科:サイ・テクこらむ372・三浦勝清